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名古屋高等裁判所 昭和40年(ネ)715号 判決 1967年1月30日

事実

第一、控訴代理人の陳述

(一、二省略)

三、仮に、控訴人が滞納会社から合計三、八一〇、九九六円を借受けているとしても、控訴人は本件差押えがなされた昭和三七年五月二八日以前である昭和三二年五月から昭和三三年一一月に至るまでの間滞納会社に対し金員の貸付をなし、昭和三三年一一月末日現在において合計一三、〇五五、七九〇円の貸付金債権を有し、右の滞納会社および控訴人の各債権はいずれも期限の定めのない債権である。そこで控訴人は本訴において右滞納会社に対する貸付金債権(自働債権)をもつて、被控訴人が差押えをなした滞納会社の控訴人に対する本件債権(受働債権)とその対等額において相殺する旨の意思表示をする。

なお期限の定めのない債権相互間において、相殺の効力を考える場合、相互に相手方が遅滞にあるか否かは問題でなく、各債権者が請求しうる状態にあれば充分というべきである。

第二、被控訴代理人の陳述

(一、省略)

二、相殺の仮定抗弁について。

控訴人主張の債権をもつては差押債権者たる被控訴人に相殺を対抗しえない。

自動債権の弁済期が受働債権(本件では被差押債権)の後に到来するような場合には、相殺により自己の債務を免れうる期待を有するものとはいえず、この場合には第三債務者は相殺をもつて差押債権者に対抗しえない(昭和三九年一二月二三日最高裁判所大法廷判決、昭和三六年(オ)第八九七号参照)というべきである。

本件において、控訴人は滞納会社に対し貸付金債権一三、〇五五、七九〇円ありとして、昭和四〇年一二月一〇日午前一〇時の当審の口頭弁論期日において、右債権を自動債権として相殺の意思表示をなしたのであるが、滞納会社と前記貸付契約を行うに際し、履行期限、利息、担保その他の条件を定めることなく、また滞納会社が事実上清算事務に入つた昭和三四年四月一日以降においても、右貸付金について返済を受けた事績もなく、さらに控訴人自身も滞納会社に該金員の支払いを請求した事績もないまま今日に至つている。従つて自働債権たる右貸付債権については、早くても前記相殺の意思表示がなされた時点をもつて、民法第四一二条所定の履行請求があつたものとすべきが相当であるから、受働債権が名古屋国税局長による債権差押処分によりその履行期限を昭和三七年六月一八日と定められた事実に徴するときは、前記自働債権の履行期限は、受働債権のそれに比し、遙かに遅れて到来したものというほかはない。従つてかかる債権を自働債権とする相殺の主張は差押債権者たる被控訴人に対抗できないものである。

(第三、省略)

理由

第一  被控訴人がその主張のごとく滞納会社に対し租税債権を有し、右債権をもつて滞納会社の控訴人に対する貸付債権を差押え、その取立権を有するに至つたことについての判断は、次に補足訂正するほか、原判決に説示するところと同一であるから原判決の理由記載をここに引用する。

一、控訴人は、三一〇、九九六円の約束手形について、滞納会社自体がその債務の履行として松坂木材株式会社に交付したものであると主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

二、三五〇万円の貸付金債権について。

《証拠》によれば、右三五〇万円については、訴外銀行―滞納会社―控訴人―滞納会社―訴外銀行と以上各当事者間において現金の授受をすべて省略し、訴外銀行の内部処理と滞納会社の経理操作において相当金額の交付を行つたことが認められ、甲第一〇号証の記載は必しも右の認定の妨げにならず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。右事実関係によれば控訴人は現実に右相当額の経済上の利益をえているのであるから、該金員を控訴人が滞納会社から借りたことにする消費貸借が有効に成立したと解することができる。

控訴人は滞納会社の帳簿(甲第七号証)の「久保戻入百五返金」なる記載は単に帳簿処理上の仮装の関係にすぎないと主張しているのでこの点を検討してみる。

税務官庁が滞納会社の第七期事業年度(自昭和二八年四月一日、至昭和二九年三月三一日)法人税の所得調査により昭和二八年五月二六日訴外丸坪木材株式会社との取引において立木売上金四、四〇〇万円であつたところ、滞納会社の会計帳簿には二、二〇〇万円と記帳し、その余の二、二〇〇万円は裏口取引として帳簿から除外し所得の隠蔽を図つたことが摘発された結果、昭和三二年八月二日税務官庁に対し修正確定申告書を提出したものであること、滞納会社は昭和二九年九月頃より休業状態に入つたため、税務官庁は第八期以降の事業年度について調査を省略し、滞納会社から提出された修正確定申告書を是認したものであることは弁論の全趣旨により認められる。しかしながらその際税務官庁によつて滞納会社の会計帳簿の虚偽性が指摘されたとすべき証拠は存在しない。従つて税務官庁において滞納会社の帳簿上仮装処理がなされていることを熟知していたと解することはできない。また、滞納会社において匿し預金を正規帳簿に載せるには、売上を新たに起し、それから預金事項を記載する方法によるべきで、甲第七号証のごとく記載すべきでないことは明白であるのに、敢えて甲第七号証のごとく記載した点よりみてそれが単なる仮装処理だと解することはできない。なお、滞納会社は修正確定申告書に脱漏所得部分を修正しているのであるから、当然その前提として自らの会計帳簿を修正すべきであつたのであり修正しなかつたとしてもいかに修正すべきかは滞納会社において熟知していたものというべきである。以上いずれの点よりみても控訴人主張の記載が単なる帳簿上の仮装処理であると認めることはできず、他に仮装処理の事実を認めるに足る証拠はない。従つて控訴人の該主張は排斥を免れない。

第二 進んで相殺の抗弁について判断する。

《証拠》を総合すれば、控訴人は昭和三二年五月から昭和三三年一一月に至るまでの間滞納会社に対し金員の貸付をなし、昭和三三年一一月末日現在において合計一三、〇五五、七九〇円の貸付債権を有すること、右債権には履行期の定めがないことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。控訴人が昭和四〇年一二月一〇日午前一〇時の本件口頭弁論期日に右債権をもつて滞納会社の控訴人に対する債権とを対等額において相殺する旨の意思表示をなしたことは記録上明らかである。

被差押債権(滞納会社の控訴人に対する本件債権・受働債権)が履行期の定めのない債権であつたことは弁論の全趣旨により明らかであり、自働債権も前記のとおり履行期の定めのないものであるから、本件差押のときである昭和三七年五月二八日前に両者は互に相殺適状にあつたものというべきである。すなわち自働債権は差押前若しくは差押時に請求しうる状態にあれば充分であつて、相手方(自働債権の債務者)が遅滞にあることを必要としないからである。されば、控訴人は自己の滞納会社に対する債権と被差押債権との相殺を差押債権者たる被控訴人に対抗しうるというべきであるから、控訴人の前記相殺の意思表示により被差押債権すなわち本件債権は消滅したものというべきである。されば控訴人の相殺の抗弁は理由があり、被控訴人の本訴請求は結局失当として棄却を免れない。

第三 よつて、右と結論を異にする原判決を取消。

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